#2 ドラッグストアー
遥か遠い彼方。遥か遠い国とかフィクションだと思っていたウイルスがこの国にもやってきた。有名人がそのウイルスに感染し亡くなったこともあり日本は混乱した。人が人に飛沫感染で移す可能性が高いという報道もあり、日本中からマスクはなくなり、また価格は高騰した。
冴島ゆりは、朝が苦手だ。朝というか、なんかさぁ始まるぞっていう感じが苦手だ。そういえば新学期とかも苦手だったなと、よく思う。
朝食を簡単に済ませて、職場へ向かう。自転車で5分の場所にあるドラッグストアーがゆりの職場だ。その派手なピンク色のドラッグストアーは、ゆりが自宅から出て1本目の交差点を右に曲がるとすでに遠くに見えている。以前は近くて便利だと思っていたこの距離も、今は店へ着くまでの憂鬱のカウントダウンが短すぎて嫌になる。
自転車で店が本格的に見えはじめた頃、ゆりは大きくため息を吐く。「まただ」。この数ヶ月何度叫んだだろう「今日はマスクの入荷はありません」。ないと言ってもまた並ぶ。どんな時も希望を無くしてはいけないが、これは希望とは違う。ゆりはそう思いながら駐輪所に自転車を停める。
並んでいる10数名のうちの何人かがゆりを見る。ゆりは、列の先頭に並んでいるおそらく60代くらいの白髪の男性を見る。ゆりはその男性をこの数ヶ月何度も見ている。そしてその男性は、2回ほどマスクを購入したことも知っている。その男がゆりに話しかける。「早く店開けてくれよ」。
営業時間は10時からで今は9時半である。「営業時間は10時からですので」と申し訳なさそうにゆりが言うと、その男性は「知ってるよ。だから並んでるんだろう」と言う。ゆりは軽くお辞儀をして店内に入る。
店内に入ると副店長の山内敬がスタッフと談笑していた。この状況でよく笑えるなと思う。ウイルスではない。浮気をしているこの状況でという意味だ。しかも、自分に浮気がバレたこの状況で。
山内はゆりに気づくと談笑していたスタッフから離れ、苦笑いで近づいて来て「また今日もいただろ、あのおじさん。何か言われなかった?」と言う。
ゆりが「別に」と言って立ち去ろうとすると、「何?まだ怒ってんの?」と言う。「・・・まだ?」「あ、いや」「まだってどう言う意味?浮気がバレたから謝ったのにそれでもまだ怒ってんの?って意味?」「いや違うって」「じゃあどう言う意味?」
バツが悪そうに何も答えない山内を呼びにスタッフが走ってくる。「とりあえず、行くわ」と山内はスタッフと走っていく。苛立ちを隠せないゆり。