#3 市子
嘉門はスマホで「インド 元カノ」で検索している。
『インド人の元カノに振られました』『紳士的なインド人エンジニアとの一夏の恋』など、関町の言っていたイベントは出てこず、馬鹿らしくなりスマホをオフって寝る。そして、市子の夢を見る。
翌朝、急いで仕事の支度をしている嘉門。
嘉門「やばいやばい」
スマホに10時:プレゼンとアラームが鳴る。
嘉門「わかってるって」と、急いで玄関を出る。すると電柱のところに人影が。
みると市子が立っている。まさかと二度見する嘉門。やっぱり市子である。
市子「おはよう」と、少し申し訳なさそうに手を上げる。
嘉門「え?市子?どうしたの急に?」と必死に驚きを隠す。しかし、市子のお腹を見て明らかに動揺してしまう。
嘉門「・・・それって」
市子は少し膨らんだ自分のお腹に手を当て頷く。
嘉門「・・・あ、そうなんだ。・・・あ、おめでとう。おめでとうで良いのかな?良いよな、ハハハ。おめでとうって何回言うんだ俺は」
嘉門は市子を引きずっていた自分を情けなく思う。嗚呼、女性は恋愛を上書きするって言うのは本当なんだなと思う。
市子「ごめんね急に・・・今から仕事だよね」
嘉門「・・・あ、そうだね」と、市子に会えた一瞬の喜びさえ恥ずかしくなり、時計を見る。動揺している嘉門。
嘉門「俺ちょっと急いでるから、おめでとう。って3回目」と、無理に笑顔を作りながらその場から立ち去りたい一心でとりあえず歩き始めて立ち止まり振り返る。
嘉門「・・・あれ、って言うかなんか俺に用だった?」
市子は何かを言いにくそうに黙っている。
嘉門「ここにいるのって偶然じゃないよね。・・・どうかしたの?」
嘉門は本当に見当がつかない。
市子「・・・この子ね」と、お腹に手を当てる。
嘉門、思わず息を飲む。
市子「この子、達也くんの子なの」
嘉門「・・・達也くん?」
嘉門は、幼少期からあるモノマネタレントに似た名前をつけた親を恨んでいた。
たらりー鼻から牛乳〜と給食の時間は学年が変わるたびに言われた記憶さえある。画数で決めたと親は言った。画数がなんだ。
鼻から牛乳が出てもいないのに、勝手なメロディーをつけられる息子の気持ちがわかるのか?それを切符に反抗期さえ迎えた。そんな自分の名前、嘉門達也の達也がまるで自分の名前ではないかのように嘉門は繰り返す。
嘉門「・・・達也くんって嘉門達也くん?」
市子は頷く。嘉門はようやく、その達也くんが自分だと気づく。
嘉門「え・・・俺?」
市子「ごめんね急に。朝の忙しい時に急に」
嘉門「え?・・・いや。・・・俺?」と思わず時計を見る。本当にやばい時間になっている。
嘉門「えっとごめん、ちょっと待って。今はとりあえず行くね。今日朝一から大事なプレゼンがあって」
市子「(遮って)ううん、ごめんね急に。本当にごめん。あ、行って行って」と送り出す。
嘉門「いや、そうじゃなくて・・・でも、とりあえず一旦ごめん」と走り出す。
市子、その嘉門の背中に向かって。
市子「あの・・・この子は産むから!それだけ伝えようと思って!」
嘉門、急いで戻ってきて。
嘉門「ちょっと待って!これってどう言う系の話?ってか、ごめん今はマジで時間なくて。えっと、どうしよう。今は一旦会社行くけど、逃げるとかじゃなくて。今日絶対に連絡するから。ね?いい?」
市子「・・・うん」
嘉門「ごめんね。・・・いってきます」
市子「こっちこそごめん。・・・いってらっしゃい」
嘉門、いってらっしゃいの言葉に思わず笑みを浮かべながら急いで走りだす。そして、また急いで戻ってくる。
嘉門「市子、あの番号って」
市子「・・・あ、だよね」とメモ紙に番号を書いて嘉門に渡す。
嘉門「・・・やっぱり変えてたんだよね」と、受け取る。
市子「・・・うん」
嘉門「じゃあまた連絡するから」と握ったメモを見せる。
市子「うん、ごめんね。いってらっしゃい」と、その背中を見送る。
嘉門、複雑な面持ちで走っていく。